最近の新聞のトップを交互に飾っている問題「外務省のNGO問題」そして「雪印食品BSE詐欺」は、信用を失っていく過程という意味で同じ経路をたどっています。信用が失われると物は売れなくなります。
本日私はヨーロッパのオーガニック市場についてお話をさせていただきますが、こちらのグラフをご覧ください。1997年から2000年というわずか3年の間にヨーロッパのオーガニック市場は約1.7倍の成長をしています。850億ドルという市場ができあがっているわけです。1997年というのは私がヨーロッパの駐在から日本に帰ってきた年でした。そして私はこのような市場が日本でも実現できないものかと考えました。
日本の現状はと言いますと、先ほどのBSE疑惑を筆頭に、食品業界への信頼が失われている状態です。そうした中に、昨年4月JASの有機認証制度が始まりました。制度ができあがったということで喜んでおられる方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、市場としては大変未熟であるといえます。非常に混乱があります。混乱の中身として、オーガニックという言葉がよくわかっていないということがまず挙げられますが、消費者の皆さんはオーガニックをあまり信用していない、というのが実情です。
消費者団体の方などと話をしていても「JASは信用していません」という答えが返ってくることが多いのです。マーケットとは、金融市場だけに限らず『信用』と同義語であると言えると思います。そもそものマーケットの起源であった食の市場ももちろん、物と物、物と金が交換される場ですから、信用が第一であり、その信用がなければマーケットとして成り立っていないのです。
先ほど「オーガニック」という言葉がきちんと理解されていないと申し上げましたが、これまで言葉の定義が明確でなかったため、生産や流通に携わる人々によって意図的にあいまいに使用されてきました。
例を挙げましょう。オーガニックという言葉は日本語で言えば、有機という言葉とイコールであると思います。それ以外に、無農薬・減農薬・特別栽培・天然・自然食品・無添加・健康食品、そして無農薬有機栽培というものもよく見かけます。野放し状態です。オーガニックを流通させるためには、先ほど申し上げたような様々な表現の使用に際し基準を設けるなど、規制しなくてはなりません。そうしなければオーガニックというものが浮かび上がってきません。よって、現状では例えば多くのバイヤーさんは「同じ価格だったらオーガニックが欲しいね」とおっしゃる結果になります。つまりオーガニックが付加価値の対象ではないということなのです。信用がない状態ですから当然といえば当然なのですが、付加価値が全く生まれていないのです。つまりまずはオーガニックの信用を高めること、それがオーガニックマーケットを創造することになるのです。
1. オーガニックとは何か?
それでは実際オーガニックとはなんでしょうか?オーガニックとは一言で申し上げますとライフスタイルです。今後も住み続けられる環境を守るというライフスタイルです。しかもただ持続できるというだけでなく、より健康的な生活を送りたい、そういう選択です。具体的に言えば、水と空気と大地の汚染が進めば人間も動植物も生きていくことができません。それはつまり人類を含めた生命の滅亡ということにつながります。それを防ぎたいということ、それがオーガニックのベースの考え方です。そのベースの上に成り立っているのが、オーガニック農業であり、その製品を作っていくということです。
2. オーガニック農業と一般の農業の違い
それではオーガニック農業とはどういう農業でしょうか?私は以下の3点がオーガニック農業のポイントであると考えます。
<1. 作物に直接栄養を与えない>
20世紀になって、植物を成長させる物質として窒素・リン酸・カリ、この3つを与えれば植物はどんどん育つ、という考え方が広まりました。土にこれらの栄養を撒くと、植物はそれをそのまま吸収します。本来植物は、土中の微生物などの働きで作り出された様々な栄養素を吸い上げるため深く根をはるものですが、先ほど申し上げたような肥料を地表に与えられると深く根をはる必要もなく、すぐに吸収できます。また人間が様々な食物から栄養を摂って生きているのと同様に、植物もその3種類の栄養だけではただ大きくなるだけで、ひ弱な状態になってしまいます。そのため、2番目のポイントである危険な化学物質であるところの農薬を使用することになってしまいます。
<2.
危険な化学物質は用いない>
病気や虫の害に弱いため、農薬や殺虫剤、除菌剤などが必要になります。また雑草がせっかく撒いた栄養を吸ってしまっては植物が育たないため、除草剤も撒く、こうしてどんどん薬漬けの農業になっていくわけです。危険な化学物質という意味では、パッケージなどに使われる塩化ビニルなどもオーガニックでは禁じられています。燃えてダイオキシンが発生する可能性のあるようなもの、それが空気や水を汚染することにつながるものはオーガニックではないのです。
<3.
遺伝子操作の禁止>
さらに最近問題になっている遺伝子操作も禁止です。遺伝子操作によって、自然界のバランスがどうなってしまうか、全くわかりません。そうした危険性のあるものは認めないのです。
これら3点がオーガニック農業の考え方の基本であり、これは一般農業に真っ向から対立するものです。
実際に一般農業とオーガニック農業の畑の違いをお見せしましょう。
こちらは一般農業の畑です。2月頃に撮影したぶどう畑です。草は全く見えず寒々としています。土を触るとカチカチに固まっています。一方、こちらは同じ日に撮影したオーガニックのぶどう畑です。ご覧の通り、草が生い茂っています。土も柔らかいです。どうして同じ日にこんなにも違いが出るのでしょうか。オーガニックの畑の方は、今から30年以上も前から有機栽培を行っています。一般農業の畑の方では除草剤を撒いており、それも年に1回では済まず、またそれが何年も繰り返されていますので、冬になっても土から抜けることはなく、この写真のような状態になるのです。
仮に、この1年間一度も農薬も化学肥料も除草剤も使用しなかった、と言ってもそれをオーガニックと呼ぶことはできません。このオーガニックの畑は30年以上ですが、実際に化学農業を行ってから、このような畑の状態にもどるまで、どんなに早くても3年、長ければ10年という歳月がかかります。JAS制度などでもご存知の通り、有機転換に必要な期間を最低3年と決めているのはこうした理由によります。3年で現実にオーガニックにもどるのかというと難しいところですが、1つのラインとしてこの数字が示されています。
またこちらはぶどうの畑に農薬を散布している場面ですが、撒いている人は完全にガラスやフィルターの内側で農薬が入ってこない状態なのですが、写真を撮っていた私は窒息するかと思うほどでした。
3.生産性とコスト
このようにして生産性を上げてきたのが一般農業なわけですが、オーガニックではこうした生産性の上げ方を否定していますので、どうしてもコストがかかってきます。オーガニックの高コスト要因として、第一に挙げられるのが「土地固有の生産性を超えられない」ということです。窒素・リン酸・カリを入れて行ったことは、土地固有の生産性を超えさせるというものでした。
例えばドイツのような寒い、土中の微生物の動きが活発でないやせた土地では、作物の栽培は難しかったため、化学農業によって戦後かなりのスピードで復興することができたのですが、オーガニックでは、それを行わないため土地固有の生産性を超えられない。良い土地でしか作れないし、またその土地にあった物しか作ることができません。
先ほどのオーガニックの畑で生い茂っていた草は、春になると畑の中に鋤き込んで行きます。鋤き込むという作業は労働です。除草剤を撒いてしまえば済むというわけにはいきません。労働コストがかかってきます。
病虫害が発生したときは、基本的に切って捨てるしかありません。農薬や殺虫剤を撒いて回避することができませんので、病虫害は常にリスクとしてつきまといます。
次に輸送です。収穫した後に農薬を撒いて遠くまで運ぶポストハーベスト農薬をご存知だと思います。オーガニックは、遠くまで運ばないことが原則ではあるのですが、運搬の際には製品の劣化を最小限に抑えるために、コンテナの温度や湿度を管理するなどしなくてはなりません。管理された輸送のためのコストがかかります。同様の理由で、保管にも管理が必要です。
これらの理由で、オーガニック製品はどうしても費用がかさんでしまいます。輸送を例に挙げれば、温度管理をしたコンテナは、通常コンテナの3倍くらい費用がかかります。現在の流通は、運搬や保管のコストをいかに下げるかによって、物価を成り立たせているところがありますので、こうした状態ではオーガニックが市場に出るには、高価格にならざるを得ないわけです。
それではこの高コストを誰に負担してもらうのかというと、基本的にこれは消費者です。しかし、民間に任してしまっては、日本で生産すると土地も狭いし、労働コストがかかりすぎるから、例えば中国に持っていって、安く作ればいいではないかという発想になってしまいます。それでは日本のオーガニック化に全く貢献しません。ですから民間に任してしまってはいけないのです。高コストを消費者に求めるためにも、国家によるきちんとした、オーガニックのインフラの構築が必要なのです。そうしなければオーガニック市場は成立していかないのです。オーガニック認証制度は、ただ制度を作っただけでは機能しない、いろいろな国家の取組み、情報活動などが行われないと成立していかないのです。
4.日本の現状 (JAS制度の問題点)
少し脱線しますが、日本でオーガニック・有機と表示するために必要な証明が、農産物に関わる農水省と酒類に関わる国税庁とでかなり食い違っています。例えば、農産物にオーガニック表示するためにはJASマークが義務ですが、酒類の場合、オーガニック証明は必要ですがマークはつきません。また、農産物では日本語のみならず、英語によるOrganicという表記も対象となります。酒類は日本語の表記のみが対象となっています。(つまり輸入品の場合、英語でOrganicと書かれているとき、日本でそれを規制するかどうかということです。農水はそこにJASマークがない場合、その英語表記によって違反とみなすというわけです。)
また昨年3月、日本国政府はEU15カ国とオーストラリアを日本と同等のオーガニック制度を持つ国として認めました。しかし、農産物及びその加工品に対して、農水省はEUの公的認証機関の出した証明を認めていません。JASの認証団体による再認証を必要としています。国税庁はEUの認証機関の出した証明をそのまま認めています。
政府内でも食い違いが起こっているような現状では、冒頭にお見せしたEUの成長振りを示したグラフのような状況を日本で実現するのは非常に難しいといえると思います。この現状を打破するためにも、オーガニックマーケットの創設に成功したEUに学ぶことは非常に重要であり、日本の本当のオーガニックマーケット創造への近道であると思うのです。
5.ヨーロッパのオーガニック制度
では、ヨーロッパはどのようにしてオーガニック制度を成功させたのでしょうか?
そこには長い経験の蓄積、多様な国民性地理的条件の差異を克服してきたこと、この2つがまず土台としてあげられます。
ヨーロッパのオーガニックの歴史ですが、1940年代に導入された化学農業に対し、既に1950年代の半ばには、自然回帰といった形でオーガニックへの取組みが始まっています。これはもちろん草の根的な小さな動きではありますが、ドイツを中心に、小規模なオーガニックストアが生まれ始めてもいます。1960年代には、本物のオーガニックの基準を作り、それに沿っているかどうかを調べ認証するという仕組みを作っていきました。認証制度を60年代から始めていたのです。
そして1970年代には民間の認証団体がそれぞれの制度を作り、基準を高めあい、また整合性を取って成長していきました。そして1980年にフランスでは世界に先駆けて農業基本法の中に、オーガニックに関する条項が盛り込まれました。これは「国家の意思をここに働かせる」という意思表示です。国家が関与していったということです。この時代、ヨーロッパの主要国では次々と日本のJAS制度のような国内のオーガニックに関する法律が作られていきました。法律が作られていくと、次にはマーケットができてきました。そして補助金などの助成をする国も出てきました。
この80年代後半はEUの統合と重なっています。私はちょうどこの頃ヨーロッパに駐在しておりましたが、様々な国と国との境が取り払われていきました。今年にはとうとうユーロという統一の通貨も導入されました。
オーガニックに関して言えば、1991年にEUの統一指令が出されました。EU加盟国に共通の基準です。そしてこの基準をもとに1993年までに各国で法制化されました。その法制化と同時に、各国には公の認証団体も生まれております。国によって違いもありますが、ポルトガルでは1993年に転換補助金制度もスタートしています。
1993年に法律が整ったとはいえ、先ほど申し上げましたとおり、転換には最低3年が必要ですから、ある程度の製品が出揃うには3年くらいは必要になります。1996年というのは、私がヨーロッパにいた最後の年ですが、フランスのSIALという食品の国際見本市(日本でいうFOODEXのようなもの)において、小規模ではありましたが、はじめてオーガニックをメインにした展示が行われました。この1996年を皮切りに、冒頭のグラフのような成長曲線を描いていったのです。制度を制定してから6-7年かかっています。
その間に耕地面積はどんどん拡大され、オーガニック農家数も増加しています。また1998年ごろから、スーパーマーケットにおいてもオーガニック製品が見られるようになりました。またそれぞれのスーパーのプライベートブランド、例えばこの幕張にはカルフールがありますが、「カルフールビオ(Bio=biologique、フランス語でオーガニック)」という自社のオーガニックレンジを出しています。
そして2000年にはEU圏内で、オーガニックのシェアが大体3%に近いところまであがってきました。また畜産物に関する統一指令も発表されました。畜産に関しては、農産物に関する指令が発表されて実に10年近い期間を要しています。こちらに関しては後ほどヴェルディエさんの方からも説明があるかと思いますが、そんなに簡単に取り組めるものではないのです。この10年の間、この制度は非常にフレキシブルに、実情に合わせてどんどんいいものに改正されていきました。
そして昨年2001年1月末にドイツ農林省からオーガニック化の目標数値が発表されました。これはちょうど2000年の年末にドイツで狂牛病が発生して、そのことによって農林大臣は辞任、農水省は解体、そして消費者保護省と合体させたわけです。そこまでしないと信用が回復できないとドイツ政府は考えたのです。そして切り札として出したのが、狂牛病対策を除いたほとんどの農業予算を農地の有機化に使用する、そのことによって5年以内に全耕地の10%をオーガニック耕地に、また10年以内に20%にという目標を打ち出したのです。
<国家によるインフラ整備であるという姿勢>
こうした歴史の積み重ねと並んで、多様な国民性と地理的条件の差異を克服してきました。北はスウェーデン、フィンランドから南はポルトガル、ギリシャまで考え方も生活様式も全く違う人々の中で統一してきたのです。北部と南部、都市と農村の生活水準の差、気候の違い、文化的背景の違い、これらの様々な違いを克服するために基本理念を統一しました。具体的にはどういうことかというと、国家が自ら行うという意思表示をしました。国家による環境政策の柱として位置付けたのです。これは重要なことです。
日本でもヨーロッパでも同じことですが、このように申し上げると農業を行っている方には失礼かもしれませんが、農業と言うのはマーケットだけで支えられているものではなく、かなりの税金が投入されています。税金を投入するにあたっては、それを払っている人たちが賛成していなければならない。そして税金を払っている人たちというのは、主に都市部に住む人、あるいは産業・工業に携わっている人が多勢を占めます。
昨年、ねぎ・しいたけ・畳表の3品目について、中国からあまりにも値段の安いものが入ってくると言うことで、日本が輸入の制限を発表すると、中国は即座にエアコンと自動車が日本から入って来ないようにしました。この政策は日本では支持されにくいのです。つまり日本は物を作って輸出することで収益をあげています。そして都会に住む人々は物を作り出す工業部門、それを販売する産業部門に従事していることが多いわけですから、中国に製品を買ってもらえないことで、自分達の収入が減少することは許せないということになります。ですから経団連なども反発していたのだと思います。このように国内における意見統一ができないのです。
ここで意見統一を行うためには何かが必要です。そこでヨーロッパの政府が行ったことが、オーガニックを環境政策の柱にもってくるということでした。都会に住んでいる人々は、ふだんの汚染された環境に慣れているとはいえ、休みの日などには都会を抜け出して田舎に行きたい、田舎に行けば昔自分が過ごしたような、きれいな環境が残っていて欲しいなと感じます。これは確かに都会人のエゴです。しかしこのエゴを満たしてあげると言うことが大切なわけです。そのために、農地のオーガニック化を環境政策の柱にもってくる。そこにお金をつぎ込んでいくことには、あまり文句が出ないのです。もちろんむやみに箱ものばかり作るような投入の仕方では支持されませんが、オーガニックとはどういうことなのかという理念を明確にし、またそれが自分たちにはね返ってくるとなれば人々は支持します。
インフラ整備を行っていくうえで、状況というのはどんどん変わっていきますから、実情に合わせて柔軟に改善するという姿勢が必要です。最初に決めたままそれを頑なに守ろうとすれば、現状と制度の中にどんどんギャップが出てきて、誰にとってもわかりやすい明確な制度にはなりません。
オーガニック認証制度を機能させるためには、それ単独の制度だけではなく複合的な法体系を整備する必要があります。例えば、ドイツで行われているように、認証制度をきちんと運用するために、保健所の制度を変えてすぐに摘発できるようにするであるとか、また天然・自然であるといったあいまいな言葉をきちんと規制するといったことです。
私はヨーロッパにいた頃、醤油をヨーロッパに売り込んでいたのですが、日本では当然に思っていた「天然醸造」という言葉をそのまま翻訳した「Natural
Brewed」という言葉をフランスに持ち込もうとしたところ、それはだめだと言われました。どうやってnaturalであることを証明するのだ、と言うのです。そこで醸造の工程表を始め、あらゆる書類を揃えてようやく「Naturally
Brewed」と表現することの承諾を得ました。それに関しても非常に小さい表示にしなくてはならなかったり、どの法律に基づくか証明をしたり、かなりの制限を受けての許可でした。
そしてポリシーをもった助成措置。オーガニックに転換すると、生産が非常に不安定になります。特に転換の初期は、農薬を始めとする薬品は使用しませんが、土自体は全然良くなっていないので、植物は病気にも弱く、土の栄養もないので収穫量は落ち込みます。また、農家の経験面もあります。オーガニック農家としての経験がなければ、作物がどういう反応を示すかもわからない。ですから転換をしてから2,3年の間は収入が減少します。この期間補助しようと言うわけです。ここで市場に任せてしまってはだめなのです。市場は「良くて安いもの」しか買いません。しかし、転換期の「コストはかかるけれど、良くないもの」は売れないわけですからこれは誰かが守ってあげなくてはなりません。ここの作業をしなければ、オーガニック農業は成長していきません。ヨーロッパはこれに取り組んできましたし、今やろうとしている国もあります。足並みが揃いつつあるところです。
これらは国際的整合性をもって行われてきました。つまりフィンランドで作られたオーガニック製品をスペインの人が安心して買える、ポルトガルの製品をイギリスに持っていっても何の問題もなくオーガニックとして販売できるということです。そのためにヨーロッパが定めたことは、オーガニックという各国語の言葉です。認証団体によって認証された製品だけがその言葉を使用していいというわけです。
<生産者・消費者双方に向けた透明性>
こうした様々な取組みは、消費者・生産者双方にとって透明性のあるものでなくてはいけません。透明であるということは、第一にあいまいさが排された誰もが納得できる判断基準が設けられているということです。つまり例えば生産者の人があいまいな基準であったためにわからなかった、わからなかったから使用した、それではだめなのです。また法律では難しければ、各国の例えば州政府や地方経済団体などがわかりやすい表現に翻訳し、何をすればいいのかといった技術指導まで行ってきました。消費者に対しても同様で、先ほどの各国語のオーガニックを表す言葉を始めとし、それらの製品がどこに行けば買えるのかというガイドを作っているところもあります。
紛らわしい表示も排除しています。例えば、ドイツ語でオーガニックを表す言葉「エコロギッシュ」に似た、「エコ」という言葉は、商品にそれがついていれば、いかにも良い商品のように聞こえます。ヨーロッパでは例えば「エコ」という言葉を使用するにも、それが基準をクリアしていると証明できないと使用できません。日本では今「エコ」という言葉が氾濫していますが、大変危険な気がします。近いうちに信用が失われてしまうのではないでしょうか。
認証の仕組みは明確に定義され、運用されています。最近新聞などでもトレイサビリティ(trace
ability)=追跡可能性という言葉をよく見かけるようになりました。私どものパンフレットでは「食べ物の履歴書」という表現を使っておりますが、履歴をたどることができる、それがきちんと証明されなくてはなりません。そこで何を検査して、何を認証するのか、それを明確に定めて、あいまいな運用をさせない仕組みを作っています。信用を失わないためには、その運用を明らかにしていく必要があります。それを監査システムで行っていくのです。
監査のシステムは重層的でヨーロッパでは三重になっています。まず各団体の内部監査、そして公に認められた機関による外部監査、この2つに関しては割とどこにでもあるものだと思いますが、ヨーロッパのユニークなところは、さらに加盟15ヶ国からなる委員会による監査がさらに含まれる点です。ここまでの監査を行うのは、各国それぞれの背景が全然違いますから、どうしても必要になってくるのです。日本で例えるなら、生産者の多い場所と、消費者の多い場所では考え方が違ってくるかもしれません。しかしこの違いを認めてしまっては信用が成り立たなくなります。ですからどこでも全て同じ基準、それに従っているかどうかの監査が行われるのです。こうした三重にも及ぶ監査があるから、ヨーロッパのオーガニック製品は信用され、市場もこのような勢いで成長しているのです。
ヨーロッパの認証団体には、完全な独立性が要求されます。(民間の場合。国によっては国の一部の機関が認証機関となっている国もあり、その場合は国からは独立していないことになるが、もちろんマーケットからは独立。)外部からのいかなる影響も受けない、という公正さが必要です。非常に重要なことですが、認証団体の役員が、生産・流通・コンサルティングを含めたオーガニックの商業活動に関与することはありえません。例外的に、オーガニックの精神をなくさないために、自分自身の農場を行っている人はいます。しかし、それは牛が数頭とか、畑が数ヘクタールといった程度の小規模なもので、しかも認証は当然他の認証団体に依頼します。自社に認証させればそれはインサイダー取引と同じですから、行いません。
もう1つヨーロッパで発展した理由の1つとして、民間のより良い品質追求を阻害しないという点が挙げられます。公である官が行うインフラである制度運用と、民間が行うマーケティングは違うということです。例えばオーガニック農業の中に、ドイツで発展したバイオダイナミクスという農法がありますが、これは歴史的に見ても、一般的なオーガニックとは違いがあります。ですから、オーガニックとしての基準はクリアした上で、さらにバイオダイナミクスとしての基準もクリアしているということで、それを示すロゴなどを貼付することでマーケティングを行っています。
JASマークでは、共通のJASというマークの中に認証団体の名前が記載される方式ですが、ヨーロッパではそれぞれの認証団体のロゴや名前が記載されます。国によっては、JAS的な国のマークを作っている国もありますが、それとは別に認証団体の名前、住所などは必ず記載されています。それによって、認証機関間に競争がおこり、さらに公正さが守られていくのです。信頼できない認証機関は淘汰されていきます。現在のJASのやり方は私には護送船団方式に見えます。これをやるとマーケットは必ず離れていきます。
少し批判的なことを言ってしまいましたが、日本のJAS制度はまだ始まったばかりのよちよち歩きの状態です。その制度がきちんと信用され、運用されるためには、その信用を確実に生み出し、成長してきた制度、その制度のもとに作られた食品を日本に伝えていくことが必要ではないかと思っています。それを知ることによって日本の消費者が世界のオーガニックを知ることになり、環境貢献まで考えることにつながるのではないかと考えます。そうでなければ、日本の消費者は単に自分の健康のためにしかオーガニック食品を手にとらない、そしてそれだけではマーケットの成立には至らないのです。
ただ何でもいいから消費者が欲しいというスタンスではなく、クオリティ・コンシューマーを生み出していくことが重要なのではないか、そしてそれが最終的に日本のオーガニック化に貢献していけるのではないかと考えています。存在していない市場ですから、私たち食品に携わるものがそれを創っていかなくてはなりません。そういう気持ちで取り組んでいただきたいと思います。また、低付加価値、付加価値のない市場ではそれに携わる人々が食べていけませんから、生産者にとっても、流通の人々にとっても高付加価値の市場を創造していくことが重要です。
市場を生み出していくこと、それが日本の有機ビジネスの展望であるということで私の話を終わりにさせていただきます。